日本の神話に遊ぶ

【日本神話】ー神世七代②矛盾と努力ー

本記事は、先の有限を司る国之常立神・豊雲野神に続きまして神世七代の神々、宇比地邇神(ウヒヂニノカミ)、須比智邇神(スヒチニノカミ)について取り上げます。

この神々は矛盾を表現する神々であり、矛盾の価値を我々に伝えてくれています。

神道上で矛盾とはどのように語られるのか、一緒に考えて行きましょう。

宇比地邇神(ウヒヂニノカミ)・須比智邇神(スヒチニノカミ)

次に、成りませる神の名は、宇比地邇の神、次に妹須比智邇の神。

出典:古事記

神世七代の神々は対になって成られますが、宇比地邇神(ウヒヂニノカミ)須比智邇神(スヒチニノカミ)も対となって古事記に登場致します。

原文では妹(イモ)須比智邇神とある為、兄妹かこれを飛躍せしめて男女=夫婦と思いがちですが、我々と同じような姿で、日本語を普通に話され性別を持っておられるご存在なのかは不明です。

人格も持ち合わせておられ我々と交渉できるのかは大変興味のあるテーマですが、今回はそのご神格に注目していきたいと思います。

一般的に泥を象徴すると語られるのですが、筧博士は浮いたり沈んだりを表現するご神名で、浮くと思えば沈む、沈むと思えば浮く、対立関係を本質にされている神々だと説きます。

神世七代に列せられる以上尊貴な神々であり、そのお働きが対立であると言う事は、日本人は対立又は矛盾に関して価値を見出していると言えます。

例えば、水と火は対立関係です。

お互い打ち消し合う存在ですが、我々が産霊(この記事の文脈に沿って簡単に言えば利用しようと言う気持ち)を発揮すれば、この二つの要素は単体で存在している時よりも、強力な作用を産出します。

例えば「蒸気」。敢えて水と火の対立を強調させて、機関車を走らせるような莫大なエネルギーを生み出す。

そして日本人が大好きな「お風呂」、水と火を対立させながらも上手く共存させる事で我々を癒してくれます。

生命活動で大事な「料理」も水と火の交わりの結果と言えますね。

実は対立している者どうしを上手く仲介できる者がいれば一段階レベルが高いものが生み出せるのです。

アウフヘーベンを語る古事記

読書家や哲学に興味のある方はピンと来てるかもしれません。

実は「次に、成りませる神の名は、宇比地邇の神、次に妹須比智邇の神。」の一文と他の神世七代の神々との関連を通してドイツの有名な哲学者ヘーゲルが説いた『アウフヘーベン』と似ている事に気が付くと思います。

考え抜いた先にある叡知は古今東西問わず、共通しているのかもしれないとも考えられなくもない。

加えて大昔の日本人が近代に通じる価値観を持っていたと思うと目に見えない深い繋がりを感じざるを得ないのです。

アウフヘーベン(Aufheben)は止揚と訳されます。

ドイツ語を訳す過程で、それに相応する日本語が無いので漢字の組み合わせで造語する事はよくあったそうですが、その為に哲学は分かる人には分かるが、分からない人には分からない謎かけ学問になってしまいました。

アウフヘーベンは「矛盾するものを更に高い段階で統一し解決すること」であるから、アウフヘーベン=神世七代と訳?せるかもしれない(止揚とそれほど変わらない分かりにくい訳には変わりないですが)。

太古の日本人は高い段階に行くために「矛盾(対立)」(宇比地邇神、妹須比智邇神)に強い価値を見出していたのです。

努力奮闘の神

宇比地邇神は浮くことを象徴し、須比智邇神は沈む事を象徴している。故に対立矛盾を表している(賀茂真淵説)。

対立は大事であるとは言え、実にこの世の矛盾は耐えがたい。とても苦痛を感じるものです。

ああ為りたい、こう為りたい、けれども。

良くある話です。理想と現実は我々を悩ませる分かり易い対立の一つ。

この対立がないと自分が一段階上には行けないから、現実に対する認識も理想に対する認識も深めていかないといけません。

この対立を止揚するには、それらの認識に基づいて目標を立てたり頭を動かしたり努力する必要があります。

その意味で、ご先祖たちが矛盾に向き合う事、すなわち努力する事をこの神々のご存在を通して、教えてくれていると捉える事もできます。

ですから宇比地邇神、妹須比智邇神は努力の神々とも言えるかもしれません。

余談ですが、豊雲野神(有限)と宇摩志阿斯訶備比古遅神(無限)も対立関係ですね。

リンゴと言う有限を切ったり、煮たり、すり下ろしたり。

一旦、は有限から無限の方に寄せて、料理と言う別の有限物に再構築する。

生活の中で、豊雲野神(有限)と宇摩志阿斯訶備比古遅神(無限)を宇比地邇神、妹須比智邇神を以って、対立させ、調理と言う手間(努力)をかけて産霊を平気でやっている事になります。

さて、天之御中主神(あらゆる物)を凝らして研究すれば先ずはそこに産霊神(生産、発展の様)が見えてくる。

その産霊は無限に拡散する力と、有限に固まろうとする性質を持っている事も分かって来た(ここですでに矛盾の存在に気が付くと思います)。

そして矛盾対立は産霊の過程で起こり得ると宇比地邇神、須比智邇神のご存在を通して明示しているのです。

猪口才な内容の記事が今後も続きますが、古事記を表面的に理解するだけでは物足りない神道人には刺激的で楽しんで頂けるかもしれません。

反対矛盾の次は何が待っているのでしょうか。

ABOUT ME
神田 哲拓
神道ブロガー。神道研究で得られた智慧の共有をモットーに、神社や神道記事を執筆しています。 神社大好き人間(神社検定壱級)兼 大家さん(現在戸建1戸+宅建士+管理業務主任者)兼 サラリーマン。 神道研究とフォルクローレに没頭したい。あはれ、 あなおもしろ、 あなたのし、 あなさやけ、おけ。我が信ずるところに従いまして言の葉を紡ぎます。
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