五大神勅考

五大神勅ー日本の礎ー ②同床共殿の神勅

神勅の基本的考え方は右記事参照⇒ 「五大神勅ー日本の礎ー 総論及び①天壌無窮の神勅

「2」同床共殿の神勅

吾(あ)が兒(みこ)、此の寶鏡(たからのかがみ)を視まさむこと、當(まさ)に吾(あれ)を視るがごとくすべし。與(とも)に床(みゆか)同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)にして、以て齋鏡(いわいのかがみ)と為す可し。

意味:我が子孫よ、この宝鏡を視るときには、吾、天照大御神を視るものと思いなさい。同じ床に、同じ宮にあって鏡を祀りなさい。

神勅の解釈

この神勅からは、2つの事が言えます。まず天照大御神の子孫である歴代天皇は、鏡を天照大御神と思って同じ生活空間にあり、離れずにお祀りする事。そして鏡を通して天照大御神を斎い奉る事です。

この神勅によって天皇が宮中祭祀に勤しまなければならい事と鏡を通して天照大御神を尊崇することを天照大御神から命じられているわけです。

宮中祭祀は現在でも、我々が享楽に耽っている間でも行われております。令和にあっては近く践祚大嘗祭も行われますが、この大祭も天照大御神に感謝を述べる重犠の祭りでです。

そして、「尊崇」と言うことは、天照大御神には逆らわないと言う意思をお祀りを通してお伝えすることであり、少なくとも神勅には逆らわないと言うことで、これは恣意を退けて神意を以って国を統治することを指します。

西洋的知見で物を言う人たちは、良く政教分離の観点から皇室祭祀を公費で賄うことは如何なものかと言う議論行います。

憲法学の感覚で言っても君主の地位にある天皇は神勅に拘束されると捉え、これに従う意思表明を宮中祭祀を以って常に反省しておられるとなれば、政教分離と言う制度的保障の効果を上回る人権保障に当たるのではないかと思うのです(要するにこの神勅が有効であるならば他の4つの神勅や明示されていない皇祖の命令と共に西洋の国王の権力を制限するマグナ・カルタの様な力を発揮すると言う事)。

そもそも現行憲法において天皇に統治権と言う意味での主権は御座いませんし、信教の自由が皇室祭祀により制限されるとは思えませんが・・・。

神勅主義

天壌無窮の神勅が天皇による統治を命じ、その統治はこの神勅によって神意に従って統治せよと言う事になります。そうであれば、他の神勅の意味もしっかり把握しなければならなくなるわけです。国家統治の根本法と言う事になるのですから。

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①天壌無窮の神勅の謹解につきましては「五大神勅ー日本の礎ー 総論及び①天壌無窮の神勅」をご参照ください。

  1. 天壌無窮の神勅 ⇒謹解記事「五大神勅ー日本の礎ー ①天壌無窮の神勅
  2. 同床共殿の神勅 ⇒謹解記事「五大神勅ー日本の礎ー ②同床共殿の神勅
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神田 哲拓
神田 哲拓
神道ブロガー。神道研究で得られた智慧の共有をモットーに、神社や神道記事を執筆しています。 神社大好き人間(神社検定壱級)兼 大家さん(現在戸建1戸+宅建士)兼 サラリーマン。 神道研究とフォルクローレに没頭したい。あはれ、 あなおもしろ、 あなたのし、 あなさやけ、おけ。我が信ずるところに従いまして言の葉を紡ぎます。

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