神格論

大物主神と大神神社ー神奈備三輪山ー

大神神社参拝の前の是非ともお読みください。頭で知って、身体で神社の雰囲気を味わえば崇敬心が高まります。

1.大物主神の御神格と御事績

大物主神は神話にも登場する有名な神様で且つ物語が結構残っていますので、記憶に残る神様の一柱です。1.2.3.4.5.5五つの伝説をお伝えしたいと思います。

大物主神は、天照大御神の弟神の素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子孫で、国を天孫にお譲りになって幽世(死後の世界とも)を司ることになる大国主命の(オオクニヌシノミコト)の和魂(ニギミタマ)とされます。

1.国造りの協力神としての話

大国主命が義兄弟の神、少名毘古那神(スクナビコナノカミ)と協力して国を治めていましたが、この少名毘古那神がとても小さい神様で、草にはじかれてしまって常世の国に去ってしまいます。

大国主命は優秀な相談役を失うわけですから焦ります。そんな大国主命の前に、「自分を祀れば国造りが上手く行くぞ」と仰る神様が現れます。この神が大物主神です。

日本書記によれば海を照らしながらやって来て、「私は汝の幸魂・奇魂」と名乗る存在が現れ、「私がいないと汝だけでは国の統治ができない」と仰ったそうです。そして「三輪山に住みたい」と言うので大国主命がお宮造りお祀りになられました。このお宮こそ大神神社で、その創始は神代と言うことになります。最古の神社の所以です。

ご神徳は国造りに大きく関係するご神格なので、開拓や産業振興、交通など国造りに関係する諸事業にわたる為かなり守備範囲が広いです。

我々の一つ一つの仕事が間接的であれ国の礎となっています。田を耕す人、物を作る人、サービスを提供する人、すべてです。

金銭を得るために労働しているのですが、本質を考えるとその一人一人の労働力によって社会が成り立っています。お金以外に国や社会を支えている。神々と同じことやってるんですよこれ。

国造りに関わることは人の関わる事の殆どと言って良いかもしれませんね。

昔の偉い人は仕事に貴賤なしといっていますが、視野を大きく持ち国や民族の観点に立てばその意味も明瞭になります。

大物主神は国造りに直接関わる為政者の神様であるかもしれませんが、お酒の神様でもあり、ご神徳は公私分け隔てなく大変広いものです。

2.勢夜陀多良売と大物主神

そして、縁結び(恋愛成就)の神としての一面も語られています。

勢夜陀多良売(セヤダタラヒメ)と言うすごい美人な女性がいて、大物主神が丹塗りの矢に化けてヒメが用を足す時にホトを突いたとの話が伝えられています。

ヒメがびっくりしてその矢を持ち帰るとイケメン=大物主神に変身したそうです。そのままゴールイン。

そして生まれた、娘の富登多多良伊須須岐比売命(ホトタタライススキヒメ)は、なんと、神武天皇のお后になります。

3.崇神天皇と大物主神

崇神天皇がご即位されてから疫病がはやり、7年近くその状況が改善されませんでした。これは大物主神を熱心にお祀りしなかった結果の祟りだとされます。

そして、孝霊天皇の皇女倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)に大物主神が憑依し「我を祀れば平安になる」とお告げをされました。お告げの通りお祀りするものの、現状は変わりません。

そして天皇の夢枕に「娘の大田田根子(オオタタネコ)に私を祀らせよ、そうすれば国内は治まりそれどころか、外国も服する」とのお告げがあったそうです。

天皇は 大田田根子(オオタタネコ) を探しお祀りさせたところ病が治まってしまいました。

この大田田根子(オオタタネコ)は正確に言うと大物主神の娘ではなく末裔です。その出自の事が下記の通り古事記に記載されています。

4.大田田根子の御先祖 活玉依毘売と大物主神

①活玉依毘売(大田田根子の先祖)のもとに、夜な夜な麗しい男が訪れてきたそうです。すぐに結ばれて身ごもりました。

②夫がいないのに身ごもる我が子を両親が心配して理由を聞きました。

③娘から夜に現れる男性の事を聞き、正体を確かめるべく策を練ります。

④床の前に赤土を散らし、糸巻に麻の糸を巻いて、針にその糸を通しておきその男の服の裾にその針を通すように活玉依毘売に言いつけます。

⑤朝、その糸は鍵穴から抜けてある神社の前にあったそうです。糸巻には3巻しか残ってなかった事から、その地をミワ(三輪又は美和)となずけました。この娘の末裔が大田田根子なのです。

5.倭迹迹日百襲姫命の悲劇 箸墓伝説

大物主神が憑依した孝霊天皇の皇女倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)ですが、なんと大物主神と結婚しています・・・!

しかし結婚して夫婦になったのはずなのに、大物主神は夜にしか姿を見せないのです。

百襲姫は、暗くて顔が良く見えない。折角美しい尊顔をしていおられるのだから、改めてお昼にお顔を拝見したいと言ったそうです。

大物主神は「良くわかった、それではお前の化粧道具箱に入っている。但し私の姿を見て驚く事が無いように。」とお答えになりました。化粧道具の箱の中で・・・が奇妙ですね。

百襲姫は翌朝、化粧道具箱を開けてみたところ、中に綺麗な蛇がいました。それを見て百襲姫は驚いてしまいました。

大物主神は驚くなと言ったのに驚かれ、恥をかかされたとお怒りになって山に帰ってしまったそうです。

百襲姫は膝をついてへたり込んでしまい、後悔の末に自ら箸で以って陰をついて自害してしまいます。

この姫が葬られているのが「箸墓古墳」で昼は人が造り、夜は神が作ったと言う伝説も残っています。余談ですが一説によるとこの百襲姫は「卑弥呼」ではないかと言われているそうです。

蛇の姿の神様と言う事で、蛇の好物の卵をお供えする風習があり、賽銭箱にお酒と卵をお供えする台が設置されているんです。私が訪れた時もお酒と卵のお供えがしてありました。

国造りでその威徳を発揮される一方で女性との伝説が多い神様ですね。

2.大神神社

夏越の大祓の日 大雨にも関わらず参拝者で賑わう 著者撮影

上記の話を一通り知れば、大物主神の御神格及び御神徳が少しばかりでも理解でき、且つ関係する神々や、天皇、人々の事を知る事で大神神社に親しみを覚えられます。関係する神話を知ることで神社に対する崇敬心がより一層厚くなるきっかけになるのです。

現に私も大神神社で買い求めた本を読むと親しむが沸くと同時に、著者たちの筆を通して大物主神の霊気に触れている様な心持で敬いの気持ちが増しております。

個の神社に親しみを覚えると言っても、大変えらい神様がお祀りされていますので、境内に一歩踏み入れると凛とした心持になります。太古の森が蓄えてきた御稜威(みいず=エネルギー)のせいでしょうか。大物主神は大国主命の和魂であって荒魂ではないんですけども。

祟りをなす神と言うことを考えると、和魂=優しい側面、荒魂=厳しい側面と言う認識は間違ってるのかもしれません。

3.本殿がない?

大神神社は日本最古の神社とされ、三輪山をご神体としていて、本殿がないのが特徴です。「三輪鳥居」(←神社検定出るかも)と言う明神鳥居を3つ重ねた様な形の鳥居がありますが、これは何故そうなっているのか謎らしいです。

この三輪鳥居が本殿のない大神神社の本殿に代わるものとして重要視されています。

神様はそもそも、ある一定の場所にとどまるとは考えられておらず祭儀の時に降りていただくことが普通でした。

その降りていただくものを依代(ヨリシロ)と言い、神籬(ヒモロギ)=榊=賢木=緑葉樹、または磐座=岩石が代表的な物で、そこに神様をお招きします。

三輪山は大きな磐座(依代)と考えれば良いのか、神様そのものなのか、神体山と言う意味をどうとるかが問題になります。何れにせよ三輪山は拝する対象、神聖な山であることは変わりありません。三輪鳥居の向こう側は今でも禁足地となっています。

神奈備(カンナビ)との関連もはっきりわかりません。依代がある地域を神奈備とすると、山中に磐座が沢山ある三輪山は神奈備であると言うこともできます。

神聖な山なのですが、なんと登ることができます。三輪山が神様の体であれば、神様を踏むことになるのです。畏みながらの登拝しないといけませんね。

摂社の狭井神社で受付をしてから、すぐ横にある入山口から登ります。

登拝規則 ⇒ http://oomiwa.or.jp/jinja/miwayama/tohai/#linktop

3.大神神社と三輪山登拝 覚書

実のところ著者も登拝させていただく機会を得ました。

やはり往復2時間かかります。運動不足なのもありますが、下山の時は膝が笑ってました。

上記の通り狭井神社で受付をするのですが、初めての登拝であれば「大和國一ノ宮三輪明神 大神神社 三輪山登拝案内図」を頂けます。

その際、ハイキング気分ではなく祈りの気持ちで臨んでいただきたい事、神職でも触れられない磐座を目の前に視る事になるので、敬虔な気持ちを持ってもらう事を注意されました。

上記「三輪山登拝案内図」には緊急連絡先と緊急時所在確認標柱の場所とその場所の名称が記載されています。

登拝させて頂いた感想として思った以上にきつかったです。祈りの気持ち息切れそして夏に登拝しましたので大汗。山中は飲食禁止ですが、体調管理の為の水分補給は可との事です。下山した時に狭井神社横の御神水を頂きました。自分の体の水分が御神水に変換された様でありがたいですよ。

中腹の中津磐座(ナカツイワクラ)、頂上手前の高宮神社(コウノミヤジンジャ) 、そして頂上の奥津磐座(オキツイワクラ)奉拝。因みに辺津磐座(ヘツイワクラ)は今でも禁足地で登拝経路に入っておらず拝む事ができません。

ざっと流れをまとめておきましょう。

  1. 狭井神社の受付訪問。
  2. 神職から注意事項の説明(初回のみ) と申請書を受け取る。
  3. 近くに机と椅子、ボールペンがあり、氏名・住所・緊急連絡先記入。
  4. 申請書の提出と登拝の為の初穂料(300円)支払い。
  5. この段階で登拝者番号が割り振られる様です。
  6. その番号に対応した登拝者の襷(たすき)を頂く。襷にも番号書かれてます。
  7. 登拝口の賽銭箱横の御幣で自祓(やり方は絵が御幣台に書かれてます)。
  8. 登拝 標高467.1m 往復約4キロ 所要時間2時間~3時間。
  9. 下山後はお札等の頒布所で襷を返却(返却されてはじめて下山確認完了らしいです)。

私は襷を返却後、休憩所で広報物を眺めながら休憩しました。

4.天皇社と元伊勢

大物主神と所縁の深い崇神天皇がお祀りされているお社もあります。それが天皇社です。そこには崇神天皇がお祀りされていて、その諡号からわかる通り、神様と関係の深い天皇でした。

諡号:貴人や高徳の人に、死後おくる名前。おくりな。

同床共殿の神勅依頼、天皇はご自身が暮らす建物に天照大御神のご神体とされる八咫鏡をお祀りしていたのですが、崇神天皇御世になってから、天照大御神の神威を恐れて、笠縫邑と言う場所に鏡をお移しになられました(後に現伊勢の神宮にお祀りされる)。

大神神社の摂社の檜原神社が笠縫邑のお社、即ち元伊勢にあたり、所謂聖蹟となっています(比定地であり諸説あるそうですが)。

大神神社の魅力は文章だけで伝えきれるものはないですので一度参拝されては如何でしょうか。杉の良い匂いが心が洗われますよ!

ABOUT ME
神田 哲拓
神田 哲拓
神道ブロガー。神道研究で得られた智慧の共有をモットーに、神社や神道記事を執筆しています。 神社大好き人間(神社検定壱級)兼 大家さん(現在戸建1戸+宅建士)兼 サラリーマン。 神道研究とフォルクローレに没頭したい。あはれ、 あなおもしろ、 あなたのし、 あなさやけ、おけ。我が信ずるところに従いまして言の葉を紡ぎます。

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