神道小話

大祓の神事 前篇

6月30日(夏越の祓)と12月31(年越の祓)に各神社では大祓の神事が斎行されます。名のある神社では必ずやってますので、参加してみよう!

「大神神社 ー六月の神事ー 」 左端に「大祓」と「茅の輪神事」とあります

神道では穢れを祓う事を重要視しているのですが、大祓は無意識に犯してしまった罪や心身に溜まってしまった穢れを大祓即ち大掃除する神事です。

穢れとは何かという事になりますが、大祓の場合の穢れとは、意識的であれ無意識的であれ倫理規範を犯してしまい、自身の中で生じた罪悪感に近かいかもしれません。

天津罪、国津罪と言うタブーが大祓詞(おおはらえのことば)に登場しているのがその証左です。

大祓をする事で、罪を犯した自覚があれば所謂後ろめたさの清算となり、無自覚であってもその償いがなされ、罪に対する反省を促す機会となったり将来の自分への戒めになります。

神道では倫理的な教示があまりなされないのが一般的ですが、大祓の場合には意識されています。

大祓に実際参加すればすぐにわかりますが、気持ちが洗われて行きます。そして大祓詞を知っていると祀職の声が身に染みわたってくるのも感じ、祓いと浄化に向かう場の一体感がとても心地よいのです。

そういった精神的な作用の他にも、歴史の連続性を感じる事もできます。

威儀具や調度品は平安時代前後のものなので、古代に遡るのは厳しいかもしれませんが、自分や周りの参列者が、姫君公達の服装だと想像するとそこは平安時代です。昔の日本人も同じことやってたんだと思うと鳥肌が立ちます。少なくとも感慨深い気持ちになります。

ありがたいことに日本各地、津々浦々、立派なお社が沢山ありますので、是非参列してみてください。作法がわからないのであれば隣の人の真似でも良いと思いますよ。ちらっと神職の方がいってましたが、神事に参加することに意義がありますもの。

1.大祓と茅の輪

起源は伊弉諾尊の禊祓と言われていますが、「形代」に自分の穢れを移し、それを川に流します。形代に息を吹きかけて穢れを移す前に、「切麻」(キリヌサ)を体に振りかけますが、これも清めの所作。

式が無事に終了すると茅の輪をくぐることになりますが、ここで面白いのが和歌を詠が登場する事。

水無月の 夏越しの祓 する人は 千歳の命 延ぶといふなり

その場の雰囲気によりけりでしょうが、暗記してる人は歌いながらくぐったりします。

実は茅の輪は、腰の上に着けるのが伝説上の正しいあり方だった様ですが、2m前後の大きな輪をくぐる様になりました。以下に茅の輪由来となった話を記載します。

➡武塔神と言う神が南の海の神の娘とよいことをしようと出かけたが日が暮れる。

➡出かけた先に兄弟がいて、兄の蘇民将来は貧しく、弟の巨旦将来は家を100戸所有する富める者だった。

➡武塔神が宿を求めたが、 巨旦将来 は嫌がり、蘇民将来は貧しいながらももてなす。

➡数年後、 武塔神 が蘇民将来のもとにあらわれて家族がいるかどうか聞き、家族に茅の輪を着けるようにアドバイス。

➡その後疫病で人が死んでいく中、茅の輪をつけた蘇民将来の娘だけが助かる。

➡武塔神がその娘に「私は実は素戔嗚尊である。後の世に疫病あれば茅の輪を着け、蘇民将来の子孫と言えば助けてやる」と言われた。

何やら正直爺さんと嘘つき爺さんが出てくる定型的な昔話な印象を受けますね。

これが茅の輪の由来となった伝説で「備後国風土記」で語られています。

「蘇民将来子孫」のお札もここからきている様です。但しこの話から分かる様に茅の輪と蘇民将来の子孫であることはセットでなければ駄目そうですね。

自分が蘇民将来の子孫かわからないのに、子孫ですと言っても良いのかひっかかります(神道の清明正直の徳目の観点からして)。

「武塔神」と言う御名が神道らしくない響きなのも特徴です。

茅の輪と大祓がなぜ結びついたのか疑問が湧きますが(やはり大祓そのものが無病息災を祈ると言う意識が強く働いたからでしょうか)、祀職が読む大祓詞について見てみたいと思います。(続)

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神田 哲拓
神田 哲拓
神道ブロガー。神道研究で得られた智慧の共有をモットーに、神社や神道記事を執筆しています。 神社大好き人間(神社検定壱級)兼 大家さん(現在戸建1戸+宅建士)兼 サラリーマン。 神道研究とフォルクローレに没頭したい。あはれ、 あなおもしろ、 あなたのし、 あなさやけ、おけ。我が信ずるところに従いまして言の葉を紡ぎます。

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