神道論

神道と人間の不完全性ー国生み神話考ー

神道は不完全性を認めてくれます。実はそれだけで救いだったりするんです。

神様だって失敗する話が沢山あるのですから、我々人も失敗はどうしても起こり得ます。

ではその時にどの様に考えれば良いのでしょうか。

全知全能ではない神々

兎角、日本の神々がは失敗が多いです。

神と言えばゴットを想像し、何もかも思いのままに操る超越的な神格を思い描いてしまいます。

しかし日本神話の中の国生みの話で(神話の最初の方の話)、伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)が声をかける順番を間違えたり、或いは交合の方法がわからず、鶺鴒(セキレイ)の動きを参考にした話が伝わっています。

ご神格が男女と言う具体的な性別をお持ちであったのか断定できないところですが、天照大御神や歴代天皇の祖として至貴な神々であることには違いありません。

国生みと言う大事業を行った神々ですので、上記の様な失敗した話を載せない方が、その尊厳を守る為には良かったではないかと思うのです。

しかしながら大らかでありのままを大事にする神道がこの話を伝え、そしてこの話を通して色々な気付きを与えてくれるのです。

国生みは鶺鴒との合一、共同作業だった

分からないことを、自分以外の者を観察し、そして理解しこれを実践に移す。

これを淡々と実行された神々。

物事を成就する方法、産霊(ムスビ)の奥義を素朴に伝えています。

「ハクセキレイ」

自分の足らないものを、他者に見出しこれを自己のものとする。この他者を認めて真似て合一しているのです。

鶺鴒はそのつもりがなくとも、 伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト) にとっては、鶺鴒はその道の神であったに違いなく、鶺鴒はこの二柱の神を導いた鳥として貴い存在なのです。

伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト) は鶺鴒と合一した事(厳密に言えば鶺鴒の技の習得)で、国生みをなしえたわけですから、ある意味鶺鴒も国生みの神です。

各個人は不足することが多くとも、別の人や物の真似をすることでまたは合一することで、より完璧に或いは次元の高いものになっていくと言うことが示されています

漢字が書けない人+漢字辞典+漢字練習ノート=漢字が書ける人

字が印字された紙束+勉強したい人=漢字辞典

貧乏な人+お金=裕福な人

金属の塊又は印刷された紙+お金の価値を理解している人=硬貨・紙幣

相互補完。

これを実現するためには、客体に対して神性(価値)を見出すよう努めるのです。

鶺鴒の前後する動きは、ぼーっと眺めればただそれだけだったでしょう。

他者をそのまま客観的に理解する事とそれに意味付けや価値付けする事、この二つの他者理解があって、はじめて本当に他者を理解する事になるのです。

産霊の奥義:人や物に価値を見出す。→そのものと合一(真似)する。私どもは不完全だけれども完全になれる事を神々が教えてくれています。

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神田 哲拓
神田 哲拓
神道ブロガー。神道研究で得られた智慧の共有をモットーに、神社や神道記事を執筆しています。 神社大好き人間(神社検定壱級)兼 大家さん(現在戸建1戸+宅建士)兼 サラリーマン。 神道研究とフォルクローレに没頭したい。あはれ、 あなおもしろ、 あなたのし、 あなさやけ、おけ。我が信ずるところに従いまして言の葉を紡ぎます。
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